天国と地獄
 

2020年10月5日更新

第143回 私が出会った政治家たち

 

第141回では私が出会った有名人のお話をしましたが、
今回は私が今までに出会った政治家たちについてお話ししたいと思います。

まず、私と最も因縁があった政治家と言えば、中曽根康弘元首相です。
昨年、101歳でお亡くなりになりましたが、彼についての色々な本を読んでみれば、
やはり大した人物だったことがうかがえます。
もちろん、そうした本に触れずとも、当時貿易摩擦などで険悪だった日米関係を打開し、
ロナルド・レーガン元大統領と「ロン・ヤス」と呼び合うほどの関係を築いたという
一点だけからでも、その大物ぶりはわかるでしょう。

その中曽根氏ですが、以前に朝日新聞の記事でこんな話が載っていました。
その記事の記者は、引退した中曽根氏に
「なぜ、後藤田さんのような人をわざわざ官房長官にしたのですか?」と質問していました。
後藤田氏とは、警察庁長官から政界に転身し、官房長官にまで上り詰めた後藤田正晴氏のことで、
中曽根氏とは「犬猿の仲」であったといわれる人物です。
官房長官というのは、よく首相の「女房役」や「懐刀」といわれるように、
総理大臣にとっては最も大事な役職で、
多忙を極める首相は基本的に細かい判断を全部官房長官に任せます。
皆さんご存知の通り、政府の記者会見でもだいたいは首相ではなく官房長官が話をします。
つまり、国の実質的「ナンバー2」とでもいうべき実力者なのですが、
中曽根氏の場合、その役を「犬猿の仲」というべき後藤田氏に任せていたわけです。
後藤田氏は、中曽根氏が指示したこと全く逆のことをやることもよくあったそうで、
普通だったらそんな官房長官は即クビになりそうですよね。
それを使い続けた中曽根氏に、この記者は疑問をぶつけたわけです。

そんな質問に、中曽根氏はこう答えたといいます。
「もし、東京で直下型の大地震や大災害が起きた時、警察や官僚を束ね指揮して、
国民を守れるのはただ一人、彼しかいない」と。
だから彼を官房長官にしていたそうなのです。
自分の仕事のしやすさや、好悪という次元をはるかに超え、
この国が抱える最も現実的で深刻な事態に思いを致して人を用いる――
こんな考え方を国家のトップという重責の中で実践できるとは、まさしく中曽根氏は大物です。
退任後に発覚したリクルート事件なども考えると、
決して清廉潔白な政治人生を歩んだわけではないと思いますが、
それでも清濁併せ持って日本のために働いた政治家と言えるでしょう。

その中曽根氏に関して私はある思い出があります。
新聞社では5年以上在籍すると、1度は国会担当というものを命じられます。
カメラマンの私の場合、担当になると半年間ずっと国会に詰めるのです。
「国会写真記者クラブ」という報道カメラマンのクラブに詰めて、
国会と首相官邸の取材を行なうのです。

その時開かれていた予算委員会で、当時の首相が中曽根氏、
大蔵大臣が竹下登氏(中曽根氏の次の総理大臣)でした。
委員会室のカメラマン席は2階にあったのですが、
私は「どうせなら面白い写真を撮りたいな」と思っていました。
斜め上からシャッターチャンスを狙っていると、
2人が何とも言えずいいアングルになったのです。
そして、その2人がちょうど鼻に手を突っ込んで、
しかも一瞬、妖怪みたいな顔をしたところをドアップで撮影することができたのです。
そして実際に撮れていたのは、妖怪というよりも「いかにも悪代官」みたいな顔の2人でした。

社に戻って「デスク、これ面白いから使いませんか?」と写真を出してみると、
政治部の記者がたまたま居合わせていて「これ、いいと思いますよ!」と後押ししてくれました。
政治部はもちろん単なる担当であって、紙面の決定権はありません。
その日の一面に何を持ってくるか、どの写真をどこに使うかは、
整理部というところが決定権限を持っているのです。
どんなに面白い写真でも、そこで要らないと言われたらそれでお終いです。
しかし、どうでしょう。
私の撮ったその写真が、政治面に歴史に名を残すような大きさで使われたのです。
今でも国会図書館か毎日新聞に行けば見ることができるのではないでしょうか。

そういえば、こんなこともありました。
リクルート事件の時、たしか正月の2日か3日と記憶していますが、
中曽根氏を追って高崎まで取材に行ったことがありました。
彼は群馬出身で、ゆかりのある高崎神社にお参りをすると聞きつけて向かったのです。
その張り込み中に、大怪我とまでは言いませんが、本当に大変な目に遭いました。
その日、高崎は厳しい冷え込みで地面も凍っていたのですが、
私は気にせずなるべく前に出て撮ろうとしていました。
すると、あろうことかやってきた中曽根氏付のSPが私を突き飛ばしたのです。

こちらはカメラを覗いているので足もとに段差があるとも気づかず、
勢いよくパーンと突き飛ばされて見事に一回転し、氷の地面に首と背中を強打したのです。
地面が凍っていると、本当にマンガのようにスコーンと足が上がり、
ドーンと背中から落ちるものです。
そして、下はコンクリートの上の氷ですから、なにしろ痛いのです。
背中をしたたかに打ち、生まれて初めて肺が全く動かず、呼吸が止まってしまいました。
まあ、ほんとに死ぬかと思いました。数十秒間、全く動かなかったのです。
さすがに骨の一本でもやられたかと思って、帰社後デスクに言って病院に行かせてもらいました。
X線を撮ったところ、幸い異常はありませんでしたが、件の「妖怪写真」の意趣返しか!?
などとしばらくは疑っていました。

さて、政治家のSPに絡んだ話もあります。
リクルート関連の取材の時だったでしょうか。
東京・下北沢から少し入ったところに竹下氏の私邸があったので、
先輩と2人で取材に行ったときのことのです。
塀の上から中が少し見えるので、脚立を立てて写真を撮っていたら、
SPに「そこから写真を撮ったらダメだ」と言われました。
しかし、脚立を立てていたのは公道で、取材のルール上はなんら問題ありません。
しかもその時はあまりにひどい言われようだったものですから、
そのSPとその場で大喧嘩をしてしまいました。

「何言ってるんだ! ここは公道じゃないか。
君たちにそんな事を言う権利があるのか? 名前を言いたまえ!」
大声で怒鳴っていると、みな怖気づいたのかSPが誰もいなくなってしまいました。
私の先輩もすごく怖がっていて、「関君、すごいね、君は」と言われました。
私の憤怒する様子があまりにすさまじかったのでしょう、
他社のカメラマンたちもみんな真っ青になっていました。
竹下氏本人とはその時に会えたわけではなく、彼のSPとのエピソードでしたが、
新聞社時代には色々な思い出がありますね。

あと、今はもうすっかり歴史上の人になってしまいましたが、
ソ連崩壊の時に最高指導者であったゴルバチョフ大統領が日本に来た時、
彼が帰る時にちょうど横を通ったので手を出したら、握手をしてくれたのです。
何の取材だったかは全く覚えていませんが、
ただ、すごく分厚い良い手をしていたことは鮮烈に覚えています。

握手と言えば、現職時のクリントン米国大統領とも握手をしました。
クリントン氏は大統領時代に奥様のヒラリー・クリントンを連れて、
早稲田講堂で講演を行なったのです。
ちょうど出て来たところで握手してもらい、ヒラリー氏とも握手をしました。
その時、とにかくびっくりしたのは日本の警備というのはこんなに甘いものなのかということでした。
当時はまだ学生運動の物々しさが残る時代で、
ヘルメットを被った過激派の闘士たちが100人くらい来ていたのです。
クリントン夫妻が私と握手をした、そのもう30m先には過激派が100人くらい来ていて、
一方で普通の警官は10人くらいしかいなかったのです。
あの時、もし過激派たちがワァ~っと押し寄せて来たら、
クリントン夫妻を簡単に袋叩きにできたのではないかと思います。
結果としては何事もなく済んだのですが、
さすがに「これはちょっとヤバいな」と感じた場面でした。
護衛で付いてきたアメリカのSPも、あの状況には焦っただろうと思います。

記憶に残る政治家と言うと、福田赳夫(福田康夫元総理の父親)氏も思い出します。
中曽根氏と同じ群馬出身の人なのですが、たまたま何かの取材で行った時、
彼が車に乗る時に私たちがいるのに気付くと、
「お~、あなたも大変だね。朝から寒いのに。ご苦労様だね」と声をかけてくれたのです。
すごくいい人で、分けへだてなく皆にとても気さくに接してくれました。
人としての魅力が、政治の力にも繋がっていったのだと感じさせる人でしたね。
その点では、辛口になりますが息子(康夫氏)の方はダメですね。
いまその息子を見るにつけ、親父さんには人間としての非常に大きな力があったのだなと
思わずにはいられません。福田赳夫、何ともいえない人間的な魅力がある政治家でした。

最後に、最近私は石破(茂)さんと少し親しくなったのですが、
彼はどうしてなかなかいい男です。
嘘は言わないし、実直で、知識も豊富で勉強もされている。
実際に会うとよくわかるのですが、すごく優しくて本当にいい人物なのです。
私は、今の政治家の中でも石破さんは好きですね。

日本には、まともな人から切れ者、変な人まで色々な政治家がいます。
私は、本当にまともな政治家が日本の政治を担って欲しいと思っています。
もうご存知だと思いますが、日本でも政官の腐敗が蔓延っています。
今回のコロナ禍でも、PCR検査が世界の先進国でこんなに少ないのは、
あれは厚生労働省やその他の保健所も含めて、
利権を絶対に手放さない人々がいるからなのです。
「おいしい」仕事ゆえ他に渡さず、やらせないようにしているのです。
安倍前首相でさえ怒って「何とかしろ!」と言っていたそうですが、
官僚たちがそれを阻んでやらせないのです。
もちろん、中にはまともな官僚もいますが、
ダメな官僚が本当に色々なところにのさばっているのです。
日経新聞でもそのような告発が書かれていましたが、それでも状況は一向に変わりません。

私も福田・中曽根時代からいろいろと政治や官僚の世界を見てきましたが、
官僚、政治家でもどうしようもない人がたくさんいます。
まともな人もいるにはいるのですが、
そうした悪い部分を変えて行かないとこの国は変わらないのかな、
世界から取り残されて行くのかなと思います。
皆さんにもぜひ問題意識を持って、
さまざまな政治家やいろいろな事象をしっかりと見てほしいと思います。

毎日新聞に勤めていた時分から通っている
床屋「阿曽」の柏崎さんと。
なじみの店での気が置けない会話は
ありがたいものだ。

   (2020年9月 東京・千代田区にて)