年末年始号に入る前に連載を始めていた「食の思い出」について再開したいと思います。 
      今回は、「そば」を皮切りに「和食の伝統と地域性」について書いていきたいと思います。 
       
      最近、私はそばにハマっています。 
      前に申しあげたように、うちは女房が亡くなっておりますので、 
      お手伝いさんが3人、交代で食事の世話をしてくれています。 
      一人目は週3回、二人目は週2回、三人目も週2回です。 
      一人は餃子やチャーハンなど中華料理が上手で、もう一人は洋食、 
      もう一人は和食を含め全てが上手い。 
      その3人が交代で来てくれるので、毎日飽きずにおいしく頂いています。  
       
      そのメニューの中で最近ハマっているのは、温かいおそばです。 
      シンプルなかけそばに、ちょっとかまぼこやほうれん草、 
      のりを入れたりしたものですが、それがなかなか美味しいのです。 
      〆の一品として頂くのですが、日本そばは、やはり体によいという感じがします。  
       
      そばは、正確には「そば切り」と言います。 
      昔、今の江戸前のそばができる前は、「そばがき」といって、 
      そば粉を熱湯でこねて団子状にして食べていました。 
      現在のように、そばを打って、延ばして、切って、つゆを付けて食べるという食べ方は、 
      江戸時代以降の日本にしかない食べ方です。 
       
      おそば自体は、世界中で食べられています。 
      正確には、おそばではなく「そば粉」が食べられていると言った方がよいでしょう。 
      たとえば、シルクロードなどは、そばの実を挽いてそれに水などを入れてこねて伸ばし、 
      ナンのようにして焼いて食べます。一種のパンですよね。 
      実は、世界中で一番広い地域に亘って食べられているのはそばなのだそうです。 
      米や小麦ではないのです。荒れた土地でも採れるので、 
      面積だけで言えばそばが一番食べられていると言われています。 
      日本でも、昔は団子みたいにして食べていたのですが、 
      江戸時代に打って、延ばして、切って、つゆをつけて食べるという、 
      あるいはうどんみたいに温かい出汁で食べるというやり方を大発明をしたのです。 
       
      私はそばが大好きで、たまたまうちの本社から歩いて10分のところに、 
      私の中では東京で10本の指に入る「松翁」という有名なそば屋があります。 
      最近は昼ご飯を食べなくなったので行かなくなってしまいましたが、 
      5年前くらいまでは毎日のように通っていました。 
      ここは、そばももちろん美味しいのですが、 
      夏場限定の「手打ち冷麦(ひやむぎ)」が絶品です。 
      あと、天ぷらもすごく美味しいです。 
       
      それから、今まで食べたそばの中で美味しかったのは、やはり信州でしょうか。 
      長野の安曇野に行った時に、田舎のおばあちゃんがやっている、 
      一見本当にどうってことない民家でやっている店なのですが、 
      そこで食べたそばはいまだに忘れられません。 
      また、松本のもっと奥の方に“大町”という駅があるのですが、 
      信州はそういうところの駅そばでさえ美味しいのです。 
      東京とは違い、「駅そばでこんなに美味しいのか! 本場は違うもんだな」と思った次第です。 
       
      寿司は、東京がやっぱり一番だと思います。 
      もちろん、大阪にも美味しいところはありますが、 
      向こうは巻き寿司や押し寿司、鮒寿司は美味しいのですが、 
      江戸前の寿司はやはり東京でないとダメなのです。 
      しかも、東京でも日本橋、銀座、六本木、赤坂でしょうか。 
      昔からの文化ですから、職人さんがたくさんいて競い合わなければダメです。 
      お好み焼きなどは、関西が絶対にいいわけです。 
      割烹料理は、やはり京都が最高ですね。 
      東京は高いだけで、そんなに美味しくはないですね。 
      やはり、地域性というものはありますよね。 
       
      近年、「和食」が世界無形文化遺産になりましたが、 
      やはり和食の伝統というのは素晴らしいですね。 
      地方ごとに、いろいろな料理があります。 
      秋田に行けばきりたんぽが、琵琶湖に行けば鮒寿司が、 
      などと地域の特色や文化に根差したさまざまな料理があります。 
       
      日本全国、県ごとに独特な料理がありますが、 
      その中で、今でこそ慣れましたが昔、私が閉口したことの一つに 
      鹿児島など九州の南の地域などで見られるのですが、 
      味付けが全体的に甘いことがあります。 
       
      大昔、愛媛の宇和島の料亭か何かで、有名な鯛料理を食べたのですが、 
      醤油が死ぬほど甘かった記憶があります。 
      最初、ソースかと思い「すみません、ソースじゃなくて醤油を下さい!」と言うと、 
      「これは、醤油です」と言われてしまいました。 
      ですが、それで鯛を食べても美味しくないのです。 
      砂糖がすごく入っていて、たまり醬油のように甘いのです。 
      やはり、東京の人間にとってはちょっと辛口の江戸前の醤油で 
      お刺身は食べたいなというのがありました。  
       
      しかし、味付けから始まって、今では日本中どこでも似てきてしまいました。 
      昔はかなり差がありましたけれども、 
      今はスーパーに行っても同じようなものが売っています。 
      大昔は、関西では納豆なんか死んでも食べなかったのですが、 
      今はどこに行っても、沖縄にも売っています。 
      逆に、東京の少し気の効いたスーパーに行けば、沖縄そばなどが並んでいます。 
       
      食文化には地域性がありますし、現地の気候も関係しています。 
      シンガポールに行った日本人が、 
      「最初は暖かくていいなと思ったけれど、四季がないのが非常に寂しい」とよく言います。 
      日本は四季があり、それによってそれぞれ「旬」の美味しい食材があります。 
      秋は松茸、そして銀杏、冬は蟹、鱈、湯豆腐も美味しいですね。 
      そして春は山菜から始まって、桜の香りのついたもの、それから筍。 
      それで夏になれば鮎。鮎なんて、本当に美味しいですよね。 
“蓼(たで)食う虫も好き好き”と言われるように、 
ちょっと苦くて癖がありますが蓼酢(たでず)というタレを付けて食べると最高です。 
あれは、大人の味ですね。 
 
もちろん余裕がないと楽しめませんが、せっかく日本に生まれてきたのですから、 
健康(病気では食べられませんね)とお金が許す範囲で 
皆さんも美味しい物を食べて頂きたいと思います。   |