天国と地獄
 
2017年3月1日更新

第16回 ジム・ロジャーズ氏独占取材inシンガポール

 

11月に続いて、再びニュージーランドに来ています。

今回は2月3日に日本を発ち、
翌日ジム・ロジャーズの4時間にわたる独占インタビューを行なうために
シンガポールへ立ち寄りました。
ニュージーランドの事もお伝えしたいのですが、
それは次回以降に回しまして
今回はジム・ロジャーズの独占インタビューについてお話したいと思います。

 
 

第二海援隊オフィス
(東京・御茶ノ水)にて

(2016年10月)


 

ご存知の通り、ジム・ロジャーズという方は現在74歳で、
結構いい歳のおじいちゃんです。
お会いした印象は、とても小柄で背も低くずんぐりむっくりでしたが、
まだまだ現役で全く呆けていない様子でした。
この方が有名になったのは、あのジョージ・ソロスと組んで
かつて「クォンタム・ファンド」という一種のヘッジファンドの基礎を作ったことです。
今のヘッジファンドは、ほとんどがコンピューターで自動化されており、
中にはAIを使っているものまでありますが、
当時はそんな時代ではなく全て人間が判断していました。
彼らのやり方は“グローバルマクロ”という手法で、
わかりやすく言うと世界中を見渡して一番弱そうなところを狙って
ハイエナが一撃で仕留めるようなやり方です。
一番有名な話は日本のバブル崩壊2年後の1992年、
世界を見渡してイギリスのポンドが高すぎるという事に気付き、
それを売り浴びせたことです。
相棒のジョージ・ソロスは“イギリスの中央銀行(つまり日本でいう日銀)である
イングランド銀行を打ち負かした男”と言われています。
イングランド銀行はポンドを買って防戦し、
さらには数日間のうちに数パーセント金利を上げる、
政府を巻き込んで公定歩合の引き上げまでやってもどうにも歯が立たず、
結局ポンドは暴落してイングランド銀行及びイギリス政府は完全にギブアップしました。
この時、彼らが稼いだお金は10億~20億ドル程だとも言われています。

私が新聞社で働いていた頃、
私は周りが誰も気付かないうちに単独取材を行ない、
1990年の日本株の暴落はアメリカ系の証券会社ソロモンブラザーズが
裁定取引を使って日本を叩き潰したために起こったという事実にたどり着き、
記事に書きました。
記事を書いた当時は誰もその事を認めようとはしませんでしたが、
1991年11月17日の毎日新聞トップに
「ソロモンブラザーズ株価操作」という記事が掲載され、
私の記事が正しかったと実証されました。
実はその裏にはジョージ・ソロスがいたという事も、最近わかってきました。
そのジョージ・ソロスと組んで、
ジム・ロジャーズは「クォンタム・ファンド」を大成功させたのです。

年平均利回りはなんと35%! 
この利回りで計算すると、20数年で2000倍になります。
計算方法は、小数点計算で簡単にできます。
“元本”1.35に“累乗計算”×(カケル)を2回、
その後に“=”(イコール)を一回押すたびに1年、2年と利回りが出ます。
初期の頃投資した人がもし、
クォンタム・ファンドに100万円投資していたら、
20数年後には2000倍の20億円になっているということです。
今でもなかなか理解の出来ないとんでもないファンドを作りだしたのが、
情報分析に長けたジム・ロジャーズと
決断力のあるジョージ・ソロスだったのです。
しかし、両雄並び立たずという言葉もありますように、
個性の強すぎた二人は最後、けんか別れをしてしまったようです。
ジム・ロジャーズのインタビュー前に、
先方のスタッフの方から
「ジョージ・ソロスの話だけは出さないでくれ。
もし出すと非常に不機嫌になるから」と注意をされました。
というわけで、次回も引き続きジム・ロジャーズの話をしたいと思います。

浅井隆